今回の文は長いので、かったるくなったら読まないほうがいいと思う。

自分が現場を離れている間に音楽がどう変わっているかと、20年ぶりにまたライブやクラブへ出向いてみた。これだけ世の中が変わってしまったのだから音楽の現場も大きく変わっているに違いなかった。

案の定、ライブでは昔のようにクリエイティブな音楽家はほとんどいなくなっていて聞いているお客も昔とは全く様子が違っていた。
1980年代頃から売れる音楽をミュージシャンが求め出し、その後、音楽を受け取る側が売れているものに捕まってしまう現象が生じた。それが理由かも知れなかったが私のなかで楽器やミュージックエレクトロニクスへの創造意欲が消失し始め新しい力のDJへと舵を切ったが、この世界でも同じことがこの15年ぐらいの間に起こっているようで、DJも創成期のクリエイティブな感じではなくなっていた。

私の友人でアメリカのジャズプロデューサーであるジャック・クライスバーグが『アメリカのジャズは死滅した』と言ったのははるか前のことであったし、土屋昌巳君が長いイギリスでの生活から帰ってきた15年ぐらい前に『椎野さん、イギリスにはもう音楽に対する品位は無くなった』と寂しそうに言っていたのが昨日のことのように蘇った。
私はこの15年間そのようなことがなぜ起きるのだろうかという疑問を解くためにひたすら哲学者、経済学者、事業家、法律家、各方面の一流といわれる研究家を訪ね、その探求に没頭してきた。幸いにもその答えらしきものを見つけているが、それをここで書くにはあまりにも膨大な字数が必要で無理だと思う。

なんでこんなことを書くかというと、3年前に大病をしてこの世とおさらばかと思っていたが無理やたらと人の生命を伸ばす医学の進歩の恩恵にあずかりまだ生きている。
一度そのようなことがあると今できることはないかと考えるようになり、ごく最近またものつくりに意欲が戻ってきたのだ。
使う人の身になったものつくりが私の信条であったし、作った楽器や機器によって創造性のあるミュージシャンやDJがより新しい音楽を発展させていくのが何より楽しかった。
しかし、私の元にいた社員も含め、ものつくりをする世界中のみんなが価格重視、量産効率効果、の管理主義の旗のもとで大切にしていたものほとんどを失ってしまったようだ。
そんな中で今の私なんかに何ができようか。
大きなことができるわけでもなく、アメリカのトランプのような妄想と虚構の中でものは作れないからコツコツと原点に戻ってやってみようと仲間を募ってものつくりを始めたわけだ。
とりわけDJはミックスされた音楽が始まりだからまずミキサーからやってみようと考えた。リミックスの楽しさが原点だ。
何十年も人間が作り上げてきた音の文化がデジタル化によって変わった。変わっていく中で失ってしまったものを取戻し、そこに帰依したものが心の時代の人間回復のきっかけになればと思っている。

いざ始めてみると環境は絶句するがごとく難しく、よくできていた部品や人の知恵が詰まったものつくりに必要な素材が失せているのだ。
でもやってみよう。今回は会社の壁を取り払って外部の人にも参加してもらい連合する組織にしようと思っている。一緒になって熱く考えた一つのものを作りたいからだ。興味がある人は誰でも参加してくれるとありがたい。実際最近たくさんの協力者が意思を表明してくれている。連絡先はここだ。  stpvestax com

『何がなくても心はハッピーだ』なんて時代もかってあったのだから。
まだまだ本物作りの先は長い。